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りかねそ日記

ソウル市内の博物館を訪ねて2~清渓川博物館

2018/12/25 13:13 旅行・お出かけ

清渓川は有名な観光名所だから、ご存知の方も多いですよね。

近年に市民の憩いの場として、復元・整備されて、きれいになりました。


清渓川博物館は、清渓川の歴史を、主に写真と、復元工事の際発掘された遺物を通して理解できるように展示されていました。


現在の清渓川。

(写真はコネストさんからお借りしました。)



清渓川は、ソウルの北部の仁王山、北岳山などの水を集めながら、ソウルの中心部を西から東に流れ、最後に漢江に合流する小さな川です。


朝鮮時代には、名前の通りのきれいな川でしたが、近代にソウルの人口が増えるにつれて、衛生面などで、問題になり、一時期、覆蓋(川に蓋をかぶせることを言います。)されていました。



清渓川覆蓋

下の写真は、覆蓋された川の上にできた清渓川道路です。



走っている車の台数は少ないですが、道路の両脇をよく見ると、大勢の人々が往来していて、露天のお店の屋根のように見えるものも多くあり、賑やかさが感じられますね。


この下を川が通っているってすごいですよね。

覆蓋工事は十年とか、二十年とかの長い時間がかかったそうです。





さらに、清渓川道路のさらにその上に高架道路も作られました。

高架道路の写真の右に少しだけ見えるのは、開通式の写真ですが、その下部に1969とあります。

開通式は1969年だったのですね。

60~70年代は韓国の高度成長期と呼ばれる時代ですから、清渓川の覆蓋、高架道路の建設は、高度成長期の象徴の一つだったのだと思います。


しかし、華やかな時代にはやはり、陰の部分がありました。

その一つがバラック村の撤去です。



バラック村とそこに住む人々

覆蓋される前は、川の周辺にバラックの家が多く立ち並んでいました。

朝鮮戦争後、家をなくした人々はソウルなら生活していけるだろうと考え、大勢がソウルに移ってきたのです。

そして、清渓川沿いにバラックの家を無許可で建てて、住むようになりました。



上の写真の干してあるものは、洗濯物だそうです。

すごい数でびっくりしました。

川で洗濯して、そのまま、河原に干したのですね。




しかし、家々が密集し、大勢の人たちが住んでいるバラック村は、しだいに大きな問題になっていきました。



上の写真は当時の新聞です。

漢字を拾い読みすると、だいたい意味がわかりますね。


右側の記事は大火事が起きたこと、左側の記事は伝染病が発生していることを伝えています。

この記事をを見ると、清渓川の覆蓋、バラック村の撤去は、仕方のないことだったのだろうと思います。



でも、やっぱり気の毒だなあと、すっきりしない気持ちで博物館を後にしようとしたら、出口近くにこんな写真が展示されていました。


清渓川周辺に住む子供たち

清渓川博物館の展示で一番よかったのは、こんな子供たちの写真を見れたことです。



橋の欄干でしょうか?

子供たちの向こう側におじさんが自転車で走っていますから、向こう側は道路のようです。

パイプにあがって、一列に並んで、子供たちが見ているのは何でしょうか?

右から二番目と三番目の子の視線を追ってみると、自転車の左後ろあたりでしょうか。

トラックのようでもありますが、よくわかりません。


もう一枚。


これジャングルジムじゃないですよね。

基地みたいなのを作って遊んでいるのでしょうか?

左の学生帽を被った子が、板を持ち上げているみたいです。

その板の下の子たちは笑っていますね。


今だったら、「危ないからやめなさい。」って言われそうですが。



最後にもう一枚。


子供たちの後ろにバラックの家が密集しています。

この子たちはたぶん、後ろのバラックに住む子たちで、この子たちも家を追われたということになるんですが、、、

でも、こんなふうに笑っていたのですね。


友達の背中に馬乗りになっている子の笑顔。

周りの子供たちもみなにこにこ。


よかった~


暗くすっきりしない気持ちで、博物館を出ようとしていた私を、この子供たちの写真が、明るくしてくれました。

どんな時代にも、子供たちにはやっぱり笑顔でいてほしいですからね。

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